ネット君臨:第1部・失われていくもの/1(その2) 「エサ」総がかりで暴露

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ネット君臨:第1部・失われていくもの/1(その2) 「エサ」総がかりで暴露
毎日新聞2007年元旦特集
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/archive/news/20070101ddm002040009000c.html
<1面からつづく>

 ◇ブログに照準…氏名、住所、自宅写真、夫の勤務先まで特定
 ◇管理人「不在」、削除も執行不能
 記者が玄関をノックしても出て来ない。「本当に怖くて外も歩けませんでした」。電話越しに声の震えが伝わる。中部地方の主婦は半年前、ネットの掲示板「2ちゃんねる(2ch)」の「祭り」の被害に遭った。
 きっかけはブログの日記。内容が「非常識」と非難され、2chにスレッドが立った。「久々のエサなんだ。個人データを洗い出すんだ!」。日記には本名を出していない。なのにその日のうちに名字や夫の勤務先の電話番号が暴かれた。住所も特定され、自宅の写真がネットに流された。
 掲示板の書き込みをさかのぼると、2ちゃんねらーたちが主婦のブログの記述をヒントに、情報を積み重ねていったことが分かる。大まかな居住地域、近所の施設、自宅の窓から撮った風景……。掲示板には地元の住民からも情報が寄せられ、さらに電話帳や地図で住所を絞り込む。主婦の子供が載ったことがある育児雑誌まで見つけ出し、名字を突き止めた。
 攻撃はネット上にとどまらない。「電凸」(電話による突撃)が始まった。夫の勤務先に「奥さんの件はご存じですか」と尋ね、そのやりとりもスレッドに書いた。夫婦は警察や役所に相談し、住民票が入手されるのを防ぐため第三者への交付を止めた。しばらくの間、家を離れた。そして主婦はブログをやめた。
 「切込隊長」のハンドルネームで知られ、かつて2chの運営にもかかわった会社役員の山本一郎氏(33)は「欺まんと笑いがあると見られればネタにされる」と語る。たとえ事実が誤っていてもその二つの要素があれば、ネットで火が付く危険がある。
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 2chを裁判で訴える人も少なくない。
 北海道情報大助教授、有道出人(あるどうでびと)さん(41)は米国出身。人種差別撤廃を訴え、北海道小樽市の入浴施設が外国人の入浴を拒否していた問題では、施設や市に損害賠償を求める裁判の原告になった。
 ところが、2chで「白人至上主義者」と中傷が続く。管理人のひろゆき氏(30)=本名・西村博之=に削除を求めたが放置され、05年6月、札幌地裁岩見沢支部に提訴。同支部は昨年1月、名誉棄損を認め、賠償金110万円の支払いと削除、発信者情報の開示を命じた。
 しかし、判決の通りにはなっていない。裁判所がひろゆき氏の住所に通達書を送っても「不在」で届かず、手続きが進まない。「彼がずっと無視できるなら法治国家とは何なのか」。有道さんは昨年4月、ひろゆき氏が発信者情報の開示と内容の削除を実行しなければ1日20万円を支払うことを裁判所に申し立てて認められた。だが、この通達書も本人に届いていない。
 ひろゆき氏は毎日新聞の取材に「賠償命令は総額で四、五千万円くらいある」と語った。1億を超える年収があると認め、こう明かした。「役員報酬とかそういう形ではもらってない。どこかの会社から給料としてもらっている。それがどこか分かると差し押さえられるので(カネの流れを)常時動かしている」
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 掲示板の人権侵害をめぐっては04年、法務省が被害者に代わってインターネット接続業者や掲示板の管理人に削除要請できるガイドラインが定められた。
 同省によると、人権侵害の申し立て受理件数は04、05年で計471件。うち104件について要請したが、実際に削除されたのは昨年11月末時点で11件に過ぎない。業者に公印付きの文書を届ける必要があるためだ。担当者は「どこにいるか分からない掲示板の管理人もいる」と説明する。それ以外の多くは担当課が掲示板に書き込んで要請するが、実行されるとは限らない。
 ネット規制を強めれば「表現の自由」を侵すおそれもある。一方で、救う手だてのないまま被害者が増えていく。=つづく
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 ◇実態、ベールに覆われ−−2ちゃんねる
 2chは利用者が1000万人を突破した今もひろゆき氏が個人管理を続けている。
 ジャンルごとに「板」があり、各板に話題を議論する多数のスレッドがある。運営はボランティア任せ。利用者の要請を受けて書き込みを削除するかどうか判断する「削除人」が150人、特定のスレッドを立てる権限を持つ「記者」が二、三百人いるという。ユーザーのほとんどがネット上のハンドルネームや「名無し」を使う匿名掲示板だが、2ch側は書き込んだ人のIPアドレス(ネット上で各パソコンに割り振られた識別番号)などを記録し、保管する。
 「経営」の実態はベールに包まれている。システムを支える約60台のサーバーコンピューターは大半が米国の会社からのレンタルで、広告取りも外部の会社に委託している。ひろゆき氏は2chにかかわりのある複数の会社の取締役を務めるが、2ch自体は会社組織にはなっていない。絶頂期のライブドア社内では「広告力に目をつけて買収も議論された」(元役員)という。しかし「人権侵害や名誉棄損をめぐる訴訟リスクに耐えられない」(同)との理由で立ち消えになった。

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第1部・失われていくもの/1(その3止) 2ch管理人に聞く
毎日新聞 2007年1月1日 東京朝刊

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